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チェンマイ素人学(風俗)専攻の良太ソチンダです。タイの風俗に関する話題を中心に、日記感覚で気軽に更新していく予定です。 外道士族の方々のコメントをお待ちしています。なお、お店の紹介や女の子の仲介などはできません。
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  やっぱり,画像があると“食い付き”が違いますね(笑)

===今日のコメント===

=フェラあり先生「わおー」

  いつもありがとうございます。

 これはこれはおいしい写真をどうもありがとうございます。

  いえいえ(^ ^;

しかしいい胸ですねえ、乳脂肪たっぷり、栄養満点の健康食ですねえ。

  自分は、オッパイ星人ではないのですが、やはり形や張りの良いお胸には、それなりの魅力を感じますね。基本的には、貧乳好みなのですが、この子はなかなか触り心地も良かったです

 これでしかも生だったらそれこそ無制限打ちっぱなしだったことは想像に難くないです。

  けっこう従順な子でしたから、いろんなことをやらせて頂きました(^ ^;

=コンさん

  いつもありがとうございます。

いいですね~。処女生中4回で15000ですか?安すぎです。

  価格は、一切旦那の言い値です。いろいろな経緯やお友達価格と言うことで、もともと市場価格よりは安かったと思います。ですから、こちらも一切値切りません。時々、「ん?」って言う子の時もありますが、そんな時は形だけ値切って、値切った分はご祝儀と言うことで置いてきました。もっとも、自分の場合は帰るときのまとめ払いですけどね。
  仕入れのルートの違いで、近いところから入ってきた子は、安く提供してくれるのではないかと思います。

=ナナレンジャーさん

  いつもありがとうございます。

とても美味しそうですね~

  でしょう(^。^)  評価4の子ですから(笑)

肌のハリが写真を通してもわかります。

  二十歳を過ぎると、なかなか難しいものがありますね。
  実を言うと、この肌の張りの変化には、その前にもう一段階あって、それが初潮を過ぎてから1年ぐらいの時に現れます。いわゆる子供の肌というのかもしれませんが、胸やお尻などが、触ってもコリコリと硬い、通常の弾力を越えた“張り”を持っています。それが、初潮を迎えて1年ぐらいすると、いわゆる“オンナの体”になってしっとりと脂肪を帯びてきて、この子のような感じになります。
  二十歳を過ぎると、この“張り”が日に日に失われていきますね。

こんなコと一度ハメハメしたら癖になりそうですね。

  だからやめられないんですよ(^ ^;

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「メーサイから来た子」の続き

  何か評判が良いようなので、昨日の子の続き、追加分を行きます。
  なお、以前のコンさんのアドバイスに従い、昨日分も含め、顔部分にもきちんとモザ掛けさせていただいています。

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  ちょっと唇がポッチャリした子でしたが、ヘアも薄く、ビラビラのはみ出しもない、綺麗なモノの持ち主でした。

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  最後はオマケです。特にヒミツはありません(笑)。

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  また、本家への投稿も再開し、掲載されたらこちらで詳細をお知らせします。
  それまでは、過去の記録をお届けします。今日は2年前の子です。

===今日のコメント===

=フェラあり先生「タイ化」

  いつもありがとうございます。

 僕も今まで何回禁煙にトライして玉砕したことか、一度入院してみようかな。

  別に禁煙しようなんて思っていなかったんですけれど、吸いたくないんです。

それと退院後は性格までがタイ人になってしまわれたようですね。一度タイ人性格になってしまうとサバーイでサヌックで抜け出せないと思います。

  今までも、どちらかという(周りの日本人に比べると)「マイペンライ」人間だったんですけどねぇ(笑)  日本人は、良くタイ人のことをいろいろ言いますが、そう言うのが気になるタイプじゃなかったです。でも、「日本人とタイ人と、どっちに近い?」って言われたら、日本人だったろうと思います。それが輪を掛けて「マイペンライ」人間になっちゃいましたね。今じゃ、どっちかって言ったらタイ人に近いかもしれないですねぇ。

 僕もタイ人になってしまいたいのですが、職業柄できません。

  でも、タイ人にもクンモーは居る訳で(^ ^;
  「タイ化」が「退化」とならないように気を付けます(^。^)

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「メーサイから来た子」

  当時はまだ細かい記録を取ってなかったもので、身長などは分かりません。名前も記録がなくて分かりません。

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  2004年8月、チッカムで斡旋してもらった、ボリスットの子でした。
  19歳ということでしたが、数日前にメーサイからチェンマイへ。タイ語が普通に通じましたし、この肌ですから中国系のタイ人でしょう。

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  なかなか立派な腰をしていますし、ご覧のとおり胸もなかなかのものです。ただ、その割りにヘアは薄く、ここだけ見ると中学生みたいでした。
  オールナイトの最後ぐらいの子で、朝まで4回ぐらいしてしまいました。要求されなかったこともあって、ゴムなしで全て中でした。

  15000バーツでした。この値段の子も、見かけなくなりました。評価4。

  台風来ていますね。私事ですが、5日の飛行機は遅れないでしょうか(^ ^; ちなみに、夜のJALです。午後まで仕事をして、その後待ち合わせをして乗り込む予定です。
  で、すみません。記事は間に合いませんので、コメントだけとさせていただきます。

===今日のコメント===

=フェラあり先生

  いつもありがとうございます。

> お客さん、チェンマイじゃそれはやってないんですぜ。
 失礼しました、僕の頭の中には1994までののチェンマイしか頭にないもんで。

  昔はそうだったんですか?
  でも、その頃なら、私は既にチェンマイで遊び始めていましたね……(^ ^;

 ところで良太さんはチェンマイで昼間は何をなさっているのですか?

  いろいろですね。昼のお友達(もちろん、夜のお友達は“旦那”ですが(^ ^; )と遊んだり、チョコチョコッと仕事のまねごとみたいなことしてみたり。
  時々、観光と称してドイステープあたりへ行ってみたりもします。そうそう、ワットスアンドークは必ず行きます。お堂に座り込んで、ボーッと風に吹かれています。ちゃんとタンブンはしてきますよ。
  後は、昼間から女の子とイチャイチャと言うのも、たまにですがありました(^ ^; だって、旦那が「いい子だから」って言うんだもん。そう言う子は、2回目、3回目の子とか、とっておきの(セミ)プロの子というパターンですけどね。

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  何とか目途が付いたかなぁ。なんか、まだまだのような気もします。忘れていることがあるような、ないような……

===今日のコメント===

=フェラあり先生

  いつもありがとうございます。

 この娘、いーじゃないですか。

  でしょう。自分はどちらかというと、美人タイプよりも,可愛いタイプの方が好みなのですが、この子は「キレーだ」って思いました。勿論、タイ語ではなく日本語の方です。それなら「キレイ」と書け(。_゚☆\ ベキバキ

何で3時間半で帰しちゃったのですか?勿体無い、この状況で2万だったら3日、4日は当たり前なのではないでしょうか?

  お客さん、チェンマイじゃそれはやってないんですぜ。それがしたきゃ、カンボへ行っとくれ、カンボへ。
  あと、やはり地元の子ですから、他人の目ということで、初めからのお約束なのです。

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「カラオケ・チッカム」

  これは、既に「外道の細道」にアップした内容でもあるのですが、改めてお送りします。
  いつものように、旦那に「行くよ」の電話をしました。2005年夏のことでした。いつものように他愛のない話をし、電話を切りました。いつもと違っていることと言えば、電話のバックにカラオケビデオ風の音楽が流れていたことでした。でも、その時は、たまたま旦那がどこかに出掛けていたのだと思っていました。

  夕刻、予定通りチェンマイ空港に到着し、そのままホテルのミニバンでホテルへ入りチェックイン。荷をほどくのももどかしく、そのまま外へ出てトゥクトゥクを拾いました。行き先は当然「VHIANG THONG HOUSE」。見慣れた通りを走り、トゥクトゥクはマヒドン通りを左折します。見慣れたコンクリートの門をくぐれば、すぐそこです。
  しかし、様子が変。いつもなら開いているシャッターが閉まっています。店の外にはモタサイが2台止めてあるだけ。
「今日来ることは知ってるはずなのに……」
  慌てて旦那の携帯に電話します。いつもの耳慣れた呼び出し音の後、聞き慣れた声が聞こえてきました。事情を話し、新しい店の場所を伝えて貰うべく、電話をドライバーに渡します。
  ドライバーは、笑いながら
「大丈夫、近い、近い」
と言ってトゥクトゥクに乗り込み、私も乗るように促します。

  そのままビレッジの中を進み、くねくね曲がって、今から思うとチェンマイランドに出て、ほんの数分で新しい店に着きました。
  入り口には旦那が出ていて、久しぶりの再会です。

  この時は、4人のボリスットを戴きました。その話は、また後ほど。

  スワナプーム、「昨日は大したアクシデントもなく」って書いたのですが、ドクターのブログを拝見すると、色々とあったみたいですね。それも、想定外のほとんど(雨漏りとPCダウンは、当然のことながら想定内です(笑))がバゲージ絡み……
  到着したはいいけど、荷物が5時間出てこない?  コンカオリーでなくても、暴動起こしそうですねぇ。でも会社がOX(オリエントタイ)と聞いて、「やっぱ、想定内かぁ?」って思ったり……

  〆と出張の準備で、明日も出勤です(>_<)

===今日のコメント===

=コンさん

  毎度です。

タイ社会下層にいる人達は従順というより、思考を停止している人達が沢山います。

  頭使う環境にないですからねぇ(^ ^;

ボクのところにもしょもない問題で「どーしたら良いのでしょうか?」と相談に来ます。そんな簡単なこと位は自分で考えんかい!と思うのですが、良い考えが浮かばないとそこで思考停止します。

  それとですね、自分で考えなければ(上司に指示受ければ)、もしもの時自分で責任追わずに済みますからねぇ(^ ^;

何でかな~?

  だって、タイ(人)ですから……

  でも、決まり切ったことを繰り返せばいい場合(例えば、串に焼き鳥用の鶏肉を刺す、小魚の頭を落として開き、ワタと骨を取る、とか)、最初に徹底的に叩き込むと、それは忠実に繰り返します。しかし、最初が肝心です。最初に甘い顔してちょっと雑でもOK出すと、それなりの仕事しかしないようになります。最初はハードルをうんと高くして、実際の作業に入ったらそのハードルを気持ち落とすようにしておくと、それなりに維持できます。

  って、やっぱりこれは、頭使ってないか(^ ^;
  ただ、この場合でも、男はあまり使えませんね。女性なら、使い物になります。

  全く関係ない話ですが、ある先輩が言っていました、「やっぱ、タイはバカだわ」って。外国人にとっては逆にありがたいのですが、タイ語って新しい単語を作りませんね。日本語なら「水」=「氷」、英語でも「water」=「ice」と別の単語を作りますが、タイ語では「水」=「水+固い」式ですね。その先輩がのけぞったのは「便箋」でした。タイ語では「紙+書く+手紙(クラダーッキエンヂョットマァイ)」です。「こんな基本的な単語がこんなに長くちゃやってらんない」と嘆いていました。
  自分は「それがタイなんだから」って、割と肯定的に見てしまうのですが、許せない人にとっては、それが許せないみたいですね。
  自分でも、(理解は出来ないのですが、割と固い文章、特に政治や経済等に関する)ダラダラ長いタイ語の単語には、お手上げですけれど。

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「コンバマー」

  そう言えば、以前来た子の中で、バマーなのだけれどインディアの子がいました。年はモー2かモー3ぐらい。ちょっと色黒ではありますが、例のアーリア系?美人の血は充分に引いているように見えました。目がとても綺麗で髪はほどよいウェーブの天パー、体つきはややポッチャリながら、処女太りの範疇か、という感じ。やや乳うんの大きめなのと、発毛がそこそこあったのがちょっとマイナス(^ ^;
  それでも、発毛は恥丘の部分だけで陰唇の周りにはなし。少々浅黒い肌ながら、アソコを開くと中は綺麗なピンク色。思わずむしゃぶりついてしまいました。舐めたり弄ったりしていると、「攣るんじゃないか?」というぐらい足がピンとなっていました。
  結構痛がっていましたが、中は結構具合が良くて、何度となく挑んでしまいました。フェラは最後まで拒否、アナルは指入れまで、と言う子でしたが、朝立ちの1発まで、嫌がることなく応じてくれました。
  自分の好みとしては、やはり色白のヌア系が最高なのですが、時にはこの手の子も捨てがたいな、と思いました。

  肌は浅黒いけれど、結構スベスベの気持ちよい肌の子でした。

  新空港、無事に開港したようですね、若干の雨漏りとコンピューターダウンによるチェックインのトラブルを除いて(^ ^;

  ところで、10月の上旬に4泊ほどでタイへ出張してきます。ただ、お客さん付きの上、空港からプラチンブリ直行(新空港からだと、バンコク通らないで行けちゃうんですね)で缶詰になる予定なので、勿論チェンマイにも、恐らくバンコクにも出られそうにありません。ですから、新しい情報は仕入れられそうにありません。唯一、新空港に行けることぐらいでしょうか。ちょっと残念ですけど。
  デェーンちゃあーん……
  MPよぉー……
  (>_<)

  昨日は、どうにもやり繰りがつかず休載しました。上期の〆の真っ最中の上、上記のような理由です。そんな訳で、今日はコメントだけです。

===今日のコメント===

=コンさん

  いらっしゃいませ。

タイ国内で相手にされないタイ人男性が雲南のタイヤイ族の村に行くとモテモテらしいですね。

  やはり、山間の観光地。旅行に行くと言うことは、それなりの札束を背負って行く訳ですからねぇ(^ ^;
  しかも、ルーツを同じくする民族であれば……

それはボクがタイに来るとモテモテと一緒の意味ですね…。

  ルーツ一緒なんじゃないですか?(笑)
  しかし、あのナァナァパァサァでのモテモテ具合。中にはネギなし鴨の方もいらっしゃるようですが(笑)、やはり背中のネギのなせる技なのでしょうか。


=フェラあり先生「古き良きタイでしたね」

  いつもありがとうございます。

 この子たちはどういう気持ちでホテルへ来ていたんでしょうねえ。おそらくボスに、「とにかく我慢して、言われた通りにしなさい。」とか言われていたのでしょうねえ。

  バマーの子、山の子、タイの子で、若干違いはあったでしょうね。言葉の問題もあるでしょうし。
  それでも、ソムチャイは割と優しい口調のことが多いですが、旦那の時は時にものすごく強い口調のこともありました。

「なんたらかんたら、チャイマイ!」
「カァ」
「なんたらかんたら、チャイマイ、ナ!」
「……」
「ナ!」
「……カァ」

  えらい早口で、とても理解できませんでしたが、女の子が困ったように最後に「カァ」と消え入るように言ったときなど、ちょっとかわいそうに思えたこともありましたっけ。
  それでも、「この人は私の友達で、心の良い人だから」と優しく付け加えたときには、笑顔で「カァ」が出て安心しました。その後で、「何言われてもカァカァって、言うこときくんだぞ」と続けたときの「カァ」は、ちょっと引きつっていましたけれど(^ ^;

  時には「年、幾つだっけ?」の旦那の問いに、「スィップスィーピーカァ」と答えようものなら、笑いながら「スィップベェッドって言わなきゃダメじゃないか」等と言っているときもありました。
  また、茶髪にしている子のときなど、その髪を弄りながら「何でこんなにしてるんだ」とその子に叱るように言い、こっちに向かって「全くしょうがない」と肩をすくめたりすることもありました。

カミさんは、「この頃はまだ体のパーツの完成していない女は安かった。」と言っていたのですが、値段的にはどうでした?

  時代もあるでしょうが、最安は12000バーツがいたと思います。普通は15000バーツで、「この子は特別だから」と18000バーツのこともありました。ホントに色白で美人の子のときでしたけど(^ ^;
  ですから、一番多かったのは15000バーツですね。でも、これは「お友達価格」だからで、2万から3万が普通だって言われたことがあります。
  最近では、最初の頃の京淫さんへのレスでも書きましたが、2万が普通になっています。

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  雨ですねぇ。何か台風みたいな雨になっています。皆さんの所ではいかがですか?

===今日のコメント===

=イサーン・ハントさん「ミッション・インポ渋る」

  毎度です。

私HNがイサーンハントなので、ラオスやカンボ大好き男に思われるかもしれませんが、ホームはBKKで、偶にパタヤぐらいです。ごくごく普通の「男性一名様~」の観光客です。

  一瞬、胃酸半斗(太田胃散、飲みなさぁい)とか、遺産半島(インドチャイナ?  バルカン?)なんて言うのを想像していました(笑)。パタヤは10年以上前に1度行ったきりですね。お船の形のA-ONEに泊まって、A-GO-GOのお姉さんをお呼びしました(^ ^;
 タイ人と遊びに行くときは、途中のバーンセンに行きますね。

確かに仲良くなるのはノリの良いイサンが多いかもしれませんが、特定人種専門と言うわけではありません。

  コンイサァンがノリの良いのは事実かもしれないですね。自分はヌア系が多いのですが、ヌア系にはおとなしめが多いです。それに対して、イサァン系は何かあるとすぐにラムし始めちゃいますからねぇ。しかし、それに拘らず、手広くNGOと言う訳ですな(^ ^;

HNの由来は、映画「ミッション・インポッシブル」シリーズのトムクルーズの役がイーサン・ハントって言うんですけど、その役名に引っかけてイサーンギャルをナンパする様なニュアンスの名前を洒落で付けました。

  高尚な由来なのに、「インポ渋る」とは趣深いですねぇ(笑)。スクムウィットにある高級デパートのエンポリウム(ド・モーが親会社なんですって?)。日本人は、これを「エンポリ」と略すことが多いのですが、中には「エンポ」と略す人がいて、ドッキリさせられます。タイトルを見たとき、思わず「エンポ」の雄姿を思い浮かべてしまったのは私です(^ ^;

クメール狩りを標榜する様なHNにも思えますが、私はポルポト崇拝者ではありません。ピースフルでラブリーでハートフルな「男性一名様~」観光客です。

  クメと言えば、アプサラ。萌えますね。あ、これは変な意味でなく、純粋にですから誤解しないでくださいね。(えっ?  そりゃ無理だよって?(^ ^; )また、映画なら「キリングフィールド」。タイで撮影されたと言うだけで、興味があります。
  隣国でありながら半歩ぐらい足を踏み込んだだけで、結局カメーンには行っていません。真面目に、シェムリには行ってみたいです。

淫売には「ネギ無しカモ」と呼ばれています。

  これもまた、「いとをかし」。しかし、東京のネギは白くて気持ち悪いです(^ ^;
  またのお越しを。

 

=フェラありせんせい「雲南にタイ語は通じる?」

  いつもありがとうございます。
  先生の所での「きょうの出来事」ブログ再放送、ありがとうございました。

 雲南にはタイ族という民族もいて、この人たちも言葉はヌア方言に非常に近いらしく、なんとか北部タイ訛りでしゃべると通じるそうです。

  スィプソーンパンナァ(西双版納)ですね。シーサンパンナと通称されますが、語源はタイ語で、パン(1000)に分けたナァ(田)のまとまりが12あったところから付いたようです。この1000でひとまとまりの田んぼが、昔の徴税の単位であったようです。
  最近では、バンコク航空が中心地のジンホン(景洪)まで、バンコクからチェンマイ経由で定期便を飛ばしています。チェンマイからは60分少々です。正式名は西双版納イ泰族自治州で、通常我々が目にする「泰」に「にんべん」を付けた文字を使います。100万人弱の人口のうち、1/3を州名にもなっているタイ族(プラテートタイのタイ人が言うルー族)が占め、1/3が漢族、1/3がその他の、ハニ、ヤオ、ラフ等の少数民族が構成しています。なんだ、チェンマイやチェンライと一緒じゃん(^ ^;
  現在のタイに住むタイ族も、もともとは中国南部から南下してきた民族です。当然、言葉や風習、食文化などには共通項が多く見られ、有名なものには4月の「水掛け祭り」(ソンクラァンですよ)があります。
  うーん、観光案内のようになってしまったぞ。ただ、言葉はそれほど簡単ではなさそうです。現在のタイ語(例えチェンマイ方言であったとしても)とイ泰族語との意思疎通はちょっと難しいそうです。もし比較的簡単に通じるとしたら、それはユアン語の方かもしれません。

 チェンライ、ノンブア小学校から淫売に行ったのは1993年が最後だったと記憶しております。

  もしかしたら、お世話になった子がいたかもしれないですねぇ(^ ^;

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「チッカム  その2」

  そんなボリスット売りのタイの子達とバマーの子達の違い。それは、スモーク(オム)です。基本的に、当時のタイ人は拒否する子がほとんどでした(最近は違います。これはまたのちほど)。
  しかし、バマーの子達は、大半の子が言われるままに口に含みました。いろいろと苦労して、舌遣いや手扱きなどを教えると、結構器用にこなす子が多くいました。何人かは頑なに嫌がる子もいましたが、それはどこでも同じことでしょう。基本的に、バマーの子達は従順だな、という印象です。こちらの要求は受け入れてくれる子が大半でした。
 今だから言えますが、自分が初めてアナルをやったのは、モー3ぐらいのバマーの子でした。とても従順な子で、ディープキスも嫌がらない、オムもする、出されたら飲む(^ ^;、アナルに指を入れても嫌がらない…… 結局、ローション塗って挿入してしまいました。そして、それ以後、私の荷物に、(名前、なんて言うんでしょうか、忘れました)ゴムのポンプが追加されました(^ ^;
 自分の場合は、たいてい事前に本人の了承を得ます(または、拒否されたら1回強くお願いしてみて=含む、カネの力(^ ^;=、それでもダメなら諦める)が、バマーの子にはいろいろとさせてもらいました。オムから口内射精(これの場合、オムの了解は取れても、口内射精の了解は取らないまま……というのが多いです(^ ^;)、剃毛、アナル責め、浣腸、アナル挿入~射精…… 時々、あることだけ頑なに拒否する場合がありますが、これは仕方ありませんね。それでも、こちらの様々な要求を受け入れてくれた子には、それに対する見返りも当然ある訳でして。帰るときには、通常よりも多いティップが渡されるのは言うまでもありません。雲南の子にも、見習ってほしいですね(^ ^;

 その頃、彼女らバマーに混じって、私の元にやってきたタイの子達は、2種類に分けられました。

 その1は純粋にチッカムに入った子。
 その2は農園から来た子。

 その1は問題ないですね。良くあるパターンです。その2の農園って何でしょうか。以前にも、チラッと書いたことがありましたが、農園で働いている子、または働いている人の娘です。チッカムとつながりのある農園なのでしょうか、チェンライ(の方)という話ですが、詳しくは分かりません。なお、現在、旦那の両親がチェンライにいるという話ですから、もしかするとそちらの関係なのかもしれません。

 何らかの理由で金が必要になったとき、または、客の要望に合う子がいた場合(?)、チェンマイへ出てきて、チッカムから客の元へ行くことになります。年齢的には、モー3からモー6、およびそれ以上となります。時に、モー2とかモー1、ポー6の瞬間最大風速が出ることもありますが(^ ^;
 本人が働いている子の場合、手は悲惨なことになっていることが多いです。肌荒れでガサガサになっている上、傷や日焼けで、とても他の同年代の女の子と同じには見えません。また、足や腕にも大きな傷があることも多く、結構な重労働に従事しているのではないかと言うことは、想像に難くありません。
 また、この子達はチッカムで客を取り続けると言うことはなく、今回の仕事が終り次第、また農園に帰るのだそうです。

  この子達は、まさしくこのブログにピッタリの、素人さんと言えますね。

  NTVの「全国警察」見ています(笑)。児童買春で逮捕される男も写っていましたが、くわばらくわばらデス(^ ^;

===今日のコメント===

=イサーン・ハントさん  「初めまして 」

こんばんは。お初です。遊びに来ました。

  初めまして。ようこそお越しくださいました。

「歩き方」系の本ですが、先月大阪ナンバのジュンク堂書店(大阪でも1・2の大型書店)で特設ワゴンコーナーをつくり、山盛りで売っていました(笑)。

  タイやバンコクや、その他ほとんど世界中の国を網羅している、黄色い本じゃないですよね(笑)  もっとも、中国語圏では黄色は猥褻の代名詞ですけど(^ ^;

「歩き方」意外にもサブカル的な風俗本でいっぱいでした。こんなにも外道本があるんだと改めて驚きました。

  出せばそこそこ売れるからでしょうか(爆)

私も何冊かパラパラと立ち読みしましたが、真剣に読みふけっている若い女の子もいました。

  目的は何でしょうね。単なる興味本位?  実生活に生かす?  分かった!  ボーイズバーの所、見ていたのではないでしょうか?(笑)

  大阪も4~5年帰っていません。昔は、大阪で本屋と言えば旭屋だった気もしますが。

  ところで、イサーン・ハントさんは、やはりイサーン関連でいらっしゃるんですか?  今度は、その辺のところもお話しいただければと思います。

  今後とも、よろしくお願いします。

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「チッカム  その1」

 話が前後して申し訳ありません。せっかくVhiang Thong Houseまで来たのですが、いったんチッカムに戻りましょう。

  タイで児童買春が問題になってきたのは、90年代初頭です。ちょうど自分が行き始めた頃になります。しかし、それはバンコクでのこと。地方都市、特にチェンマイはまだそれほどの締め付けはなかったように思います。バンコクでさえ、場所を選べば求めることができていたくらいですから。
 その頃の17/3では、普通にモー2からモー4ぐらいの年齢の子たちと遊ぶことができたように思います。また、その頃のボリスット売りの子達は、普通のタイ人の子達が中心であったように思います。

 そんなボリスット売りの中で、次第に増えてきたのが、まず山の子達でした。後から調べてみると、ラフ族、モン=メオ族、タイヤイ=シャン族等の子達でした。ラフは笑顔可愛いし、モンは色白が多いし、タイヤイは美人が多いですね。大体はタイ語が通じましたが、中にはタイ語の通じない子達もいました。そんな時は、チッカムの旦那の下にいるソムチャイの出番です。ソムチャイは中国系ですが山の出身で、タイ語の他に山の言葉(ただし、何族のものかは不明)ができます。
  連れてこられる子達は、おどおどしていることが多いのですが、そんな彼女らにソムチャイがいろいろと言います。たいてい、コクン、コクンと頷いていますが、時にエッと言う感じで首を横に振るときがあります。すると、ソムチャイが笑いながら「いいんだ、いいんだ」と言うような感じのことを言うと、ホッとしたように笑うことがありました。「何て言ったの?」と尋ねても、たいていは「マイペンライ」「マイミーアライ」と言われてしまいますが。

 次いでバマー。そして、自分は数回しか経験ありませんが、雲南省。バマーの子、雲南の子は、当然タチレク-メーサイのルートでチェンマイにやってきます。雲南のどこなのかは聞いていません。コミュニケーションは専ら筆談です。バマーの子にはタチレク(とは言え、実際にはチャイントンとかタウンジーあたりでしょうか)、マンダレーと言う子がいました。中には片言のタイ語を操る子もいましたが、大半は全く話が通じませんでした。タイ語が通じる子達は、タチレク(メーサイ)近くの出身だったのでしょうね。
  雲南から来た子達は、日本人受けする顔立ちだと思うのですが、少々タカピーな子が多かったように思います。

  9月も,最終週に入りました。今年も残すところ,あと(。_゚☆\ ベキバキ

===今日のコメント===

=フェチやまさん

  ようこそお越し。

タイ売春読本は、立ち読みしたことがあります。タイからの抗議で無くなり、タイトルを換えて「歩き方」になったと思っていました。内容違うのですか?(歩き方は持っています)

  そのお話を聞いて、「そう言えば、どこかでそんな話も聞いたことがある」って気がします。念のため、両書を比べてみましたが、地図、写真などには全く同じものが見られました。記事には似たようなものもありましたが、全く同じというものは見つけられませんでした。
  最初「歩き方」を買ったときには、よく似た本だなぁとは思いましたけれど……

  結論。似てはいるが、全く同じ本とは断言できない。しかし、別の本とは言い難い。

チェンライの一色さえの記事が気になってチェンライまで行きました。もちろんいませんでしたが。

  出版の場合には、タイムラグがありますからねぇ。現在なら、「外道の細道」でチェックですね>紘さん、ヨイショ(笑)


=らぶさん  「こんにちはー。」

こんにちはー。 遊びに来ましたー。

  イラッサイマセー。

さっき、先生の部屋で 『今日の出来事』 のお話を聞いて、驚いて飛んできたんですよ。

  よく見ている番組で、その日も何気なく見ていました。ここ最近の流れですと、このブログの原稿作りながら、って言うのが多いです。ただ、今回のクーデターの件で、日本のテレビの中ではNTVの内容が一番充実していたように思うので、関連の内容があったらと言うことで、たまたま録画していました。
  もし、ご希望があるようなら、ここで再放送させていただきます。

NTVも自分の会社内のセクハラがばれたからって、僕達を攻撃すなくてもいいじゃんかよー って感じですね。

  退職したというアナウンサーですな(^ ^;
  しかし、他に攻撃対象を作っておかなくては、自分たちが攻撃されちゃうでしょ(^ ^;

  後、以前にテレビ朝日?では、チッカムの旦那が隠し撮りで出演しちゃったりしましたね。旦那、困っていましたよ。

ということで、今日はご挨拶まで。 また遊びに来まーす。

  よろしくお願いします。お待ちしています。

子供部屋行きたい・・・・。

  今思えばすごい時代でしたね。自分は行ったことはないんですけど。知っていれば、当然行っていたと思いますが、今までMPはバカにしていましたからねぇ……

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「ヴィアントンハウス」

  いつ頃でしたかねぇ、17/3がタノンマヒドンへ移ったのは。考えてみると、17/3だった時代って相当昔のような気がしています。99年、2000年と言う頃でしょうか。不思議なことに、移転した頃の記憶が全くありません。

  まだ17/3だった頃、いつものように店に行き、お茶をもらったのも懐かしい思い出です。恐らく、2回目か3回目に行ったときでしょう。「茶」と言う単語すらも分からなかった頃のことです。タイとは言え、日本語だけで充分な環境でしたから、当然と言えば当然のこと。店に入ると「良く来たな。まぁ、飲め」と出てきたのが、チャーヂンでした。「なんとかかんとかチャー」と言われました。その時は、日本人だから「茶」と言ってくれたんだなって思っていました。今から思うと、「なんとかかんとかローンナァムチャァ」とでも言っていたのでしょうね。

  何回か通うと、旦那も顔を覚えてくれ、店先で再会を喜び合って抱き合ったりして、たまたまいた店の女の子が目を丸くしていたこともありました。また、あの顔見せにも堂々と対応できるようになってきました。鷹揚にお茶やビールを飲みながら、旦那にいろいろ聞いてじっくりと品定めをするようになっていきました。
  90年代の半ば頃だと、年齢の中心は18歳と言うところでしょうか。今のように茶髪にしている子もなく、ただベテランになってくると、いわゆるタイのお水のお姉さん型ヘアスタイルになっていきました。前髪に特徴のある、あのスタイルです(って、分かるかなぁ、分かんねぇだろうなぁ、by 松鶴屋ちとせ)。でも、自分はそう言うタイプは苦手なので、あくまで普通のヘアスタイルの子、そして若い子、日数の浅い子が中心でした。

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「VHIANG THONG HOUSE」の名刺(これは、移転してしばらくしてからもらったもの)

  ある日、「また行くよ」と電話したら、店が移ったって言われたのだと思います。でも、ちゃんと行けたんですよね。どうやって行ったのかな。たぶん、トゥクトゥクを捕まえて、そのまま旦那に電話して、「店の場所説明してよ」って電話をトゥクトゥクドライバーに渡した……、そんなところでしょう。
  初めてVhiang Thong Houseに行った時は、行くのに通りを見ていたはずなのですが、結局場所がよく分かりませんでした。トゥクトゥクって、結構外は見にくいですしね。また、お恥ずかしい話ですが、これだけチェンマイに通っていて、チェンマイ全体の地図が頭の中で構成され出したのは、つい最近のことなのです。それまでは結構広いと思っていたチェンマイの街なのですが、今までバラバラに頭の中に存在していたチェンマイの各地が、大体結びついてきた今になると、ことのほか狭いので驚いています。例えば、タノンケーオナワラート(ナコンピン橋の方です。プリンスロイヤル校とかちょっと行くとパヤップ大等がある所です)なんていうのは、とんでもないあっちの方というイメージだったのですが、ナイトバザールからでも1キロないぐらいなのですよね。まあ、これもバイクで動かないせいだったのかもしれません。

vhiangthonghouse1.jpg
移転した時にもらった、旦那手描きの地図

  ところで、タノンマヒドンに移ったVhiang Thong Houseでは、頻繁に警官の姿を見るようになりました。もっとも、警官とは言っても幹部らしく、また、制服ではなく私服で来ます。最初は客だと思っていたのですが、聞くと警官だと言われました。もともと、移転した理由というのも、取り締まりのせいらしいです。なんか問題が大きくなってしまったとかで、17/3を閉めて新たに開業したとかいう話でした。
  そう言えば、ちょうど2000年頃というのは、チッカムにとって一大転機の年だったようで、賄賂のお手伝いをしてあげたこともあります。ある日、いきなり旦那から電話が掛かってきて、「とにかく金がいる。助けてくれ」ってSOSが来たこともあります。そう言う無心の電話は初めてで、「もしかして、タイ人の例のアレか?」等と思ったりもしました。しかし、結構いい思いもさせてもらっていたので、いくらかは忘れましたが、捨てたつもりで何万バーツかを当時の泰華農民銀行(カシコーン銀行)の口座に振り込みました。そして、今思うとその頃からですね、自分には一切金を払わせずに、旦那が夕食の場を設定するようになったのは。

※本日の画像、一部モザイクを掛けさせていただきました。

  台風騒ぎは、一段落した模様ですね。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

===今日のコメント===

=ナナレンジャーさん

  お帰りなさいませ。

貴重な、そしてすばらしい体験ですね。

 貴重は貴重でしょうが、素晴らしいことかどうかは分かりません。決して世間には公にできないことですから(^ ^;
  だったら、こんな所に書き込んでるんじゃない(。_゚☆\ ベキバキ
  失礼しました。

想像しすぎて頭が変になりそうです(笑)

 実際に体験していると、自分のような廃人になってしまいます(^ ^;

90年代、良き時代ですよね~

  80年代の方が“もっと”よき時代だったみたいです。チェンマイまで行ってやっていたことが、苦労せずバンコクでも体験できていたみたいですから(^ ^;

 

=コンさん

初めまして。203号室住人ゲドタイ語担当のコンでございます。301号室へようこそ。ご挨拶が遅れました。またお邪魔します~。

 ブログ初体験で、処女の如く緊張しています(笑)。こちらこそ、よろしくご指導のほどお願いいたします。
  なお、当方のリンク欄に加えさせていただきました。

 

=フェラあり先生

  いつもありがとうございます。

 12歳、胸ナシ、パイパン、ですよねえ。僕は個人的には、「初潮前にヤルのは変態、初潮後にヤルのが正常。」と思っているのですが、どうでした?

  しばらく経って、ボキャが増えてくると「生理あるの?」「いつから?」なんて聞いたこともありますが、この頃はまだそんなことまで聞けませんでした。ただ、体型からすると未だ成らざるではなかったかと思います。
  それでも、初潮前だった子というのは、この子も含め数人に過ぎなかったのではないかなぁ。

 女ってメンスが始まると、なにげない仕草自体が変わってくるのですよ。そうなるとこちらも臨戦体制OKなんですけどねえ。

  継続してお付き合いいただいたことがないもので、自分としては何ともお答えのしようがありません(^ ^;
  しかし、初潮が来たと言うことは、種の保存に関しては一人前になったと言うことですから、より効率的に、より良い雄を確保するための手練手管が働き出すと言うことは充分に考えられますね。

 

=有馬村さん

  初めまして。今後ともよろしくお願いします。

何時も楽しく読まさせて貰っています。

  いやー、お恥ずかしい限りです(^ ^;

昔は本当に良かったんですね、羨ましいです。

  まあ、昔は良かったって言うようになるともう年だそうですから、明るく未来を向いていきましょう(笑)

処で余計なことですけど、
ちょっと前は1Bが10円
少しして一時期1Bが2・5円位にまで上がった
ですよね~。

  なんか混乱してしまったようです。すみません。バーツと円とがごっちゃになってしまいましたね。
  念のため、訂正して時系列で並べてみるとこんな感じですか。

  自分が行く前(1バーツ=10円)→自分が行った時(1バーツ=6円)→通い出して(1バーツ=2.5円)→去年くらいまで(1バーツ=2.7円)→今(1バーツ=3.2円)

  しかし、最高値まで行っていた頃(10年ちょっと前くらいですか)には、両替の度にバーツが増えていくもので、顔なじみになった窓口の人が「スゴイネー」と驚いていました。

 ※本文も訂正させていただきますm(__)m

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「ホントにチェンマイに行ってから その2」

 (今日)2回目の子がいると言うことは、当然(これから)1回目を済ませる子もいる訳で、是非ともそれを体験したくなってきました。でも、ボリスットだろう? 簡単に斡旋するのかなぁ……

 恐る恐る旦那に
「ボリスットってできるの?」
と言うと、
「できる、できる。欲しいのか?」
「うん」
 これだけでした。何か拍子抜け。

  このときから、基本はボリスット買いになりました。泥沼化の始まりです。以後は、日本での稼ぎは、たまの所用にかこつけては通うチェンマイでの民間援助活動にその多くを吸い取られるようになってしまいました。まさに、ジャパゆき、出稼ぎ状態です(^ ^;

  また、それからは、行く前に電話しておくと、めぼしい子に当たりを付けておいてくれるようになりました。
  そして、時間に余裕があるときには、チェンマイだけではなくチェンライプーケットにも足を伸ばすようになってきたのもこの頃でした。恐らく、チェンマイ以外の地が終焉を迎える時期に出くわしたのではないかと思います。

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